心に残る演奏会 第1章 ≪Alfred Schnittke 1934-1998≫
生涯忘れない思い出として残る演奏会は多数ありますが、
その中でも特に印象深いものが、作曲家Alfred Schnittkeの作品
“Requiem”、“Faust Cantata”、“Dead souls”の上演でした。
   時はモスクワオリンピック前の1980年頃、場所はモスクワ音楽院大ホールでした。
"Requiem"はすでに海外で初演はあったものの、ソ連国内ではまだ正式に演奏されて
いませんでした。当時、私はモスクワ音楽院の大学1年生で、思いがけなく作曲理論
学部の先輩に「是が非でも」聴くべき音楽会があると誘われて、友人何人かと一緒に
一般公開前の関係者のみ入場できる、特別な演奏会に連れて行っていただきました。
 (私達は学生でしたから、2階席の階段近くで、ず~っと立ち見でした)。
周りの客席には上層部や音楽関係者のお偉方ばかりで、何だか始まる前から張り詰め
た空気が漂い、ご時世柄、最後まで無事に滞りなく演奏することができのるか、心配
するインテリ階級の招待客も大勢見受けられ、私はすっかり緊張してしまいました。
静かなホールに拍手と共にステージに演奏者が入場すると、客席は
 少々ザワザワと雰囲気が一転、合唱団や管楽器・打楽器奏者に続き、
実におもむろに黒いサングラスを掛けた ‼エレキ・ギター奏者‼が
現れた時は、は~?と驚きのあまり、瞬きが出来なくなるほど硬直
していました。再び静かになった時、“Requiem” は教会の鐘と祈り
の歌と共にppで始まり、聴く人々をす~っと浄化していきました。
 オルガンとビブラフォンの組み合わせや、強弱の鋭いアクセント、
不協和音等の連続で、どんどん未知の神秘的な世界に引き込んでいき
ました。"CREDO" を聴いた時は、あまりにもダイナミックな打楽器
パーカッションのリズムに圧倒されて全身に鳥肌が立ち、低い音域の
デモーニッシュな和声進行や、ビックバーン的なfffの大迫力に骨の髄
まで痺れて、全く身動き出来なくなっていました。電子音等も入れる
ことで、宇宙空間で聞こえてくるであろう様々な音が鳴り響き、強烈
な打楽器のリズムで緊張感が生まれ、人間の声で深い祈りの世界へと
導かれ、遠い世界の果て無限空間まで連れて行かれた気分でした。
新古典派から近代前衛、更に普通では有り得ないロックン・ロールの
ジャンルまでの要素が素晴らしい技法で一つの新しいスタイルに凝縮
され、ラテン語で歌われる14部の全てが圧巻、あっという間の35分
でした。生演奏を聴いて、直に音の振動が体に共鳴するからこそ味わ
える感動でした!( CD等の音源のみでは味わえません!)
 終演後、カーテンコールでステージ上にて来場者の皆さんにも挨拶
をされた時の、とても謙虚な作曲家のお姿に深く心を打たれました。
 それ以来、シュニトケ先生の大ファンになり、演奏会にはもちろん、練習リハーサルも
見学させて頂くようになりましたが、シュニトケは、各オーケストラ演奏者にも技術的に
難しい演奏表現の要望もされていて、「そこは、バターを塗るように」と手で左官屋さん
が壁を塗るように円を描くような動作をしながら説明をされて、団員たちは一瞬 ...?...,と
なりましたが、さすがに当時の素晴らしいレベルの文化庁交響楽団の団員達は呑み込みが
早く、一気に音符の玉の数々が潰されてペーストされ、各々の独立したメロディーからな
るポリフォニーの層が、みるみるうちに、不思議な色鮮やかな無形の液状の動きに変化し
ていった時、こんなにも斬新で素敵な表現もあるのかと、目から鱗が落ちる思いでした。
  それから年月が経ち、ソビエト連邦が崩壊してロシア連邦に
  なった3年後の1994年の秋、シュニトケ先生は60歳になられ
  モスクワ市内にて、1か月ほど「シュニトケの音楽」と題する
  フェスティバルが開催され、様々な作品が演奏されました。
  私は、ロシア国立シンフォニーオーケストラ・カペッラの第1
  バイオリン奏者として幸運にも演奏会に参加することができ、
  ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー編曲  / 指揮する、組曲
  “Dead Souls”と、ワレリー・ポリャンスキーが指揮する 音楽
  “Faust Cantata” を演奏できた事を大変光栄に思っています。
  10月9日第2部で演奏された“Dead Souls”組曲は
   ゴーゴリの風刺小説「死せる魂」の映画のために
   作曲された音楽を基に8曲にまとめられ、曲の中、
   メトロノーム2台がステージに登場、カチカチと
   音を出す大変ユーモラスな楽しい曲で、指揮者を
   始め演奏者の表現力で客席のお笑いを誘う事も求
   められる、いかにもシュニトケらしい遊び心のあ
   る曲ですが、何よりもロジェストヴェンスキー氏
   の巧みなエンターテイナー性に心を奪われました。
一切無駄のない手の動き、コメディアンになりきった指揮者の豊かな顔の表情、
シンプルで、演奏者にも観客にも解りやすい身体を使ったジェスチャー、
舞台と客席が一体になって、音楽を楽しむひと時を過ごせたこと、
時折風刺も織り込まれた多様式主義の、どれも素敵な8曲を演奏出来たこと、
―どれも大変得難い学びの日となりました。―
   10月15日第2部で演奏された"Faust Cantata"は
   ソリスト選任に関する多くの面白い逸話が残され
   ていますが、テノール歌手とバス歌手、コントラ
   アルト(女声パート中で最も低い音域)、コントラ
   テノール (男性パートで女声に相当する高い音域)
   の4人のパートがあり、どの様な方々が歌ってく
   ださるのか、リハーサル初日から実際にステージ
   上演出付き練習という事で、オーケストラパート
   譜を読みしながら、とてもわくわくしていました 。
 まずは、コントラアルトの大柄な女性のソリスト(適役を探すのにものすごく苦労した
らしい初演時と同歌手)に驚き、地底から聞こえてくるような歌声を聴いて仰天してし
まいました。コントラ・テノール歌手は、色白で、やせ型のお人形さんの様な、綺麗な
青年で天使のような声で歌い、とても、自分の演奏する楽譜に集中できない光景ばかり
続く35分間でした。古典的で、宗教的な要素とグロテスクで悪魔チックな要素が交じり
合いながら、不協和音なんぞなんのその、客席の後方のドアから、メフィストフェレス
(コントラアルト)が歌いながら入場し、指揮者の手を借りて、そのままステージの中央
に堂々と登壇して聴衆を驚かせ、その立派な体格と、太くて低い声に腰を抜かす男性の
方々続出(本番中は笑ってしまってはいけません)でした。客席全体を聴覚的にも視覚的
にも虜にしてしまう劇中にいるような演出は大変勉強になり、今でも忘れられません‼
~そういえば、想い出をそれより10年遡ってみると
"Faust Cantata"が1983年にモスクワで初演された時
私は客席で聴いていましたが、その当時はまだ大学
4年生でしたので、曲に秘められた奥深い意味が悟
れなかった双極性の闘い、両価感情、ambivalenz等
哲学的で難しい感情が見事に曲中に表現されている
のを次第に理解できるようになり、いつの間にか、
宿命的で、アイロニックなタンゴのリズムにも魅了
されて、心身 惹き込まれながら演奏していました。
    【参考視聴音源】
  "Requiem" ( レクイエム )     ・Credo       ( クレド レクイエムの13曲目 )
  "Dead Souls"Suit for Orchestra by Gennadi Rozdestvensky based on Schnittke's film Music 
        ( 組曲「死せる魂」)
  "Faust Cantata"(Seid nuchtern und wacht...) (ヨハン・ファウスト博士の歴史)
  シュニトケは、映画のための音楽も数多く作曲しましたが、
 何気なく映画を見ている時、映像よりも、サウンドトラックに
 流れている曲に心をひかれてしまう時、ふと気が付くと、最後
 の字幕には「音楽担当:アルフレッド・シュニトケ」と書いて
 あり、やはり彼の音楽は素晴らしい!と、納得するのでした。

      シュニトケ先生は、お人柄も素晴らしく
         生徒思いで、何にも恐れず、
      常に正義と戦う、偉大な芸術家でした。
☆ 写真は、1994年のフェスティバルプログラムより、表紙・プログラム・中表紙・シュニトケご夫妻
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