心に残る演奏会 第2章  ≪Astor Piazzolla≫
 The Last Concert of Astor Piazzolla      July 3, 1990
The Odeon of Herodes Atticus beneath the Acropolis in Athens, Greece
with Orchestra of Colours, Athens
Conducted by founder-director Manos Hatzidakis
夏の季節になると、思い出す演奏会があります。
~ それは、35年以上も前のお話になりますが。。。
ギリシアのアテネ市内、アクロポリスの麓に位置する、
有名な世界文化遺産、ヘロディス・アッティコス劇場に
て1990年7月3日に開催された、夜のコンサートです。
タンゴ音楽作曲家でもある、バンドネオン奏者の巨匠、
アストル・ピアソラが、マーノス・ハジザキス指揮する
アテネのオーケストラ・オブ・カラーズと共演、タンゴ
曲や、バンドネオン協奏曲等を演奏した時のことです。
私は幸運にもこのオーケストラメンバーとして、アテネの素晴らしい劇場で、夜空に響き
渡る情緒深い魅力的なバンドネオンの音色に聞き惚れながら、ピアソラ自身が作曲した斬新
なタンゴ音楽の数々を共演、夢のような、二度と無い貴重な経験を積むことができました。
  屋外劇場の円形に配置された大理石の客席5000席は、夜9時過ぎると満席になり、通路の
 階段にも座席以外の場所にも人々が座り込み、上下左右動けないほど、劇場は溢れる程一杯
 になり、来場者は合計6000人位と、想像以上、前代未聞の満員状態(チケットがすでに無い
 中、熱心なファンの皆様は何処からか上手に人目を忍んで入り込まれた様)でした。
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  第1列目の座席には普段テレビの中でしかお目にかかれないような方々、首相・政治家・
 大臣・議員・芸術家・映画俳優・モデルさん他、著名人の方々がずらりと一同並んで座って
 おられ、尋常では無い雰囲気に、何だか私は開演前から早々に緊張してしまいました。 
  演奏が始まると、6000人の観客は「し~ん」と静かに息をのんで、身動きもせず最後まで
 とても静かに聞き入っていました。(この静けさも珍しい光景でした。)
その日の演奏会がピアソラの生涯最後の演奏会になるとは、誰一人想像できませんでした。 
  ピアソラは、指揮者と親友でしたが、想像以上に
 謙虚で優しい、大変気さくなお人柄でした。
 リハーサル時も明るい笑顔で接してくださり、始めて
 聴くバンドネオンという楽器を間近で見てみたくなり、
 休憩時間にオーケストラ団員仲間と恐る恐る声をかけ、
  「あのう、楽器を見せて頂けないでしょうか?」と、
  話しかけてみたら、なんと楽器に触れさせてくださり
  快く手取り足取り、持ち方や演奏方法を丁寧に教えて
  くださいました‼
  バンドネオンは持ってみたら以外に重く、結構凄い
 腕力がないと蛇腹は開かない!ので、びっくりです。
 更に、背筋力がないと蛇腹を閉じることもできない!
 そして、キーボタンは左右両方に沢山あって、何処に
 何の音があるのか複雑過ぎて、さっぱり解らない!
  この楽器を立奏で弾きこなすピアソラの体力の凄さ
 と頭脳の素晴らしさが、身に染みて理解できました。
   演奏会の夜、ステージに堂々と登壇したピアソラはとても神々しく輝いていました。
 バンドネオンの優しく深い音色と、寂しげで哀愁のある旋律、歯切れのよい、時に鋭い
 リズムの鼓動、自由な即興性のある新しいタンゴの世界、ジャンルを超えた大胆な音楽
 に心を奪われ、観客はどんどん魅力的なピアソラワールドに引き込まれていきました。

  ステージで演奏しながら遠い暗い客席をふと眺めて見渡してみると、あちらこちらで
 ちらほらと煙草の白い煙が ふわふわ~ と空に向かって上がっていくのが見えました。
  ( 喫煙? 見たことがない光景でした!タンゴのダンスホールみたいな雰囲気 …?)
 劇場は天井のない遺跡で、音の響きや残響は素晴らしく、打楽器の音は遠く壁の向こう
 まで木霊していき、時々表れる原始的で野性的なリズムは、まるで遠い昔に大きな恐竜
 が歩いていた紀元前頃の世界の中にタイムスリップしたかの様で、特に大きな魚の形を
 したグィロという楽器から刻まれる「ギロギロ」という音は、あたかもアマゾンの奥深
 い森林に潜む、巨大なコオロギや蛙の鳴き声かの様に聞こえ、神秘的な夏の夜の星空の
 彼方へ、終わりの無い無限に広がる宇宙へと向かって、遠くへ響き渡って行きました。

  様々な楽団のメンバーとして、何回もこの劇場で演奏したことがあるにも関わらず、
 この時ほど、残響の時差に戸惑った経験は無く、古代遺跡設計者の「音響学・数学」の
 知識の深さに感銘しました。ピアソラの真後ろで、ヴァイオリン・パートを弾いていた
 私は、彼の背中の肩甲骨の力強い動きに圧倒され、全身から湧き出るパワフルなオーラ
 と優しいバンドネオンの音に包まれながら、魔法にかけられた様に演奏していました。

 特に印象に残った曲は “Adios Nonino”、圧巻でした。アンコールでも演奏しましたが、
 何度聞いても新鮮なのは不思議なことで、これから一生、ピアソラの曲の数々を自分の
 ヴァイオリン曲のレパートリーに入れようと決心する大きなきっかけになりました。
演奏会のプログラムより(36年を経て、紙も黄ばんできました)
≪ バンドネオン ≫
バンドネオンの発祥地は18世紀半ばのドイツで、もともとはパイプオルガンの代わりに屋外
での教会の儀式やお祭り、民族音楽の演奏に使われていました。その後ヨーロッパからの移民
とともに南米に渡り、アルゼンチンではタンゴ音楽に欠かせない大切な楽器になりました。 
ピアソラが演奏するのに愛用していた楽器、バンドネオン
"Alfred Arnold 142-tone Double A " には左右非対称のキーボタン:
右手側高音部に38個のキーボタン、左手側低音部には33個のボタン
左右合計71個のキーボタンがあり、大変複雑な配列になっています。
楽器の重さは約10kg程もあり、左右両手で蛇腹を開閉しながら音を
出していくので、立奏演奏する場合は特別な労力が要求されます。
また、バンドネオン奏者が演奏中に、自分の左右両手の指を見ることは、ほとんどありません。
バンドネオンは通常座って弾く楽器と思われていましたが、ピアソラはその伝統を破り、立奏で
2時間以上も続けて力強い演奏をすることができました。( 凄い体力がないと真似できません。) 
ダイアトニック式 ( Bi-sonic ) バンドネオン 
蛇腹を開きながら出す音と蛇腹を閉じながら
出す音があり、それぞれ異なる音がでます。

要するに、71個のキーボタンからは142音を
奏でられることになり、同じ和音を押さえて
いても、引く/押す、で異なる音が出ます。

・音域は、ほぼ3オクターブで、ボタン配列は、
大変複雑で指の使い方の難しさが想像できます。

・楽器本体は、蛇腹を閉じた状態で
幅35cm、高さ23cm、奥行25cm、蛇腹を
全開にすると長さは約1mに達します。
**********  Astor Piazzolla : his last Concert (CD) **********
・Tres Tangos
para Bandoneon Y Orquestra
バンドネオンとオーケストラのための
《3つのタンゴ》
Allegro Tranquillo,
Moderato Mistico,
Allegretto Molto Marcato


・Adios Nonino
アディオス・ノニーノ
・Concierto
Para Bandoneon Y Orquestra
バンドネオン協奏曲
Allegro Marcato, Moderato, Presto


・Adios Nonino(bis)
  アディオス・ノニーノ (アンコール) 

With the Athend Colours Orchestra
Conducted by Manos Hadjidakis
  ◇ 参考視聴音源
      from last concert  
     ・Adios Nonino     ・Allegro Tranquillo  from Tres Tangos para Bandoneon

  ギリシャのアテネでのコンサートは大盛況のうちに終わり、ピアソラは、2年後にまた
 アテネで演奏する約束をして帰られました。私たちは皆、再び彼と共演できる事を信じて
 再会を願っていました。
しかしたったその1か月後、パリの自宅で脳溢血で倒れられ、
1992年にブエノスアイレスで亡くなられました。71歳でした。
1990年7月3日に行われた、アテネでのコンサートは、
残念ながら、ピアソラの生涯最後の演奏会となりました。
             ――――― ◇ ◇ ◇ ―――――
  今になって思い返すと、あの時、巨匠ピアソラご本人のバンドネオンに触れさせて頂き、
 どの様にバンドネオンの音を出すのか、とても親切に教えてくださったことは、私の人生の
 中の素敵な時間の一コマになりましたが、ピアソラのスケールの大きさは、彼のお心の広さ
 から自然に湧き上がるものであり、あの素晴らしい演奏に感謝の気持ちで一杯になります。
  アテネの立派な世界遺産の古代劇場で、素晴らしいタンゴの巨匠と共演することができ、
 本当に貴重な想い出に残る演奏会となり、至福の一時でした。

ヘロディス・アッティコス劇場
この立派な音楽堂は
ギリシャのアテネ市内、
アクロポリスの南西斜面麓に
位置する美しい石造りの劇場で、
ヘロディス・アッティコス氏に
よって西暦161年に建設され、
1950年に修復されました。
半円のすり鉢のような、
白い大理石の階段の客席は、
5000人収容できます。
毎年、夏の季節にはフェスティバルが開催され、演奏会やオペラ、演劇等を夜の星空のもと、
神秘的な古代遺跡を眺めながら鑑賞できます。特に満月の深夜は最高に素敵な景色になります。
 ≪ つぶやき ≫
1990年代にアテネにいた頃、オーケストラのメンバーとして、夏の
音楽フェスティバルには何回も出演し、始めてこの屋外劇場で演奏した
時は、あまりの美しさに感激してしまいました。練習も本番も、すべて
夜の時間帯、開始時刻は午後9時過ぎから、リハーサルはオーケストラ
用の舞台を作成してから、ゆっくり始まり、難曲のプログラムの時は、
音合わせが終わるのが明け方だったり日付の変わった始発のバスで帰宅
したり、本番終了後は観客が全て捌けてから団員がやっと帰れるとか....
昼間は炎天下、日陰もなく大変暑いので何も出来ません。大理石の座席は かなり熱いので座れません....
回数を重ねる度に 毎回順調ではなく、リハーサルの時に予期できなかった ハプニングやトラブル続出....
当時、バス停には時刻表が無かった... アテネ市内の幹線道路の渋滞ピークは、まさかの「深夜2時」頃‼
主催者やイベントを企画する方々、演奏する方々、舞台音響設備の設置スタッフの大変な苦労の数々....
夜の遅い時間に全集中力でもって本番に臨む‼ 体内時計は夜型に..... 大変さが身に染みてわかりました。
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